自転車で福岡・博多から太宰府まで

da1 太宰府天満宮

福岡の観光名所「太宰府」エリアまで自転車で1時間とちょっと!


<<福岡市~太宰府天満宮~九州国立博物館>>

※1km=5分、時速12kmでの計算です

●福岡市(冷泉荘)
| 4km、20分
●福岡空港・「国際線南口交差点」(国道3号線)
| 9km、45分
●水城
| 1km、5分
●筑前国分寺跡
| 1km、5分
●大宰府政庁跡
| 1km、5分 ●戒壇院、観世音寺
| 2km、10分
●光明禅寺
| 0.1km
●太宰府天満宮
| 1km、5分
●九州国立博物館


冷泉荘—>水城まで 約13km 1時間5分
冷泉荘—>大宰府政庁跡まで 約15km 1時間15分
冷泉荘—>太宰府天満宮まで 約18km 1時間30分
冷泉荘—>九州国立博物館まで 約19km 1時間35分

※上記時間は直接向かった場合の参考走行時間です。
 各ポイントでの見学時間は含んでおりませんのでご注意下さい。



太宰府は、「福岡での観光名所と言えば太宰府」と誰もが言うくらい、九州をも代表するほどメジャーな観光地です。

海外からも多くの外国人観光客が大勢訪れる太宰府ですが、福岡、博多からは西鉄電車で行かれる方が多いものの、自転車で行こう、という人はあまり私の近くにはいません。

しかし、福岡・博多からは水城まで13km、太宰府天満宮まで18kmほどですので、1時間ちょっともあれば着いてしまうくらい案外近いものなんです。(注:1km=5分、時速12kmでの計算です)

福岡・博多・天神から太宰府へはいくつか平行して道が走っていますが、自転車で行く場合、主なルートは国道3号線か県道112で、これをひたすら南下します。県道112は歩道、側道とも狭めで車の通行量も多いので走りにくいです。

3号線はずっと上を福岡都市高速道路が走っていますが歩道が広いので走りやすくおすすめのルートです。福岡空港に離着陸する飛行機を間近に見れます。

ただ、3号線ルートは1点注意する所があります。国道3号線は大野城を過ぎたあたりで福岡都市高速の水城インターチェンジと交差します。この水城インターチェンジの出入り口は危険なので、このあたりに来たら側道の県道574号線を通って迂回するようにして下さい。具体的には、3号線の交差点「大野城市役所入口」、「御笠川5丁目南」または「御笠川6丁目」で左に曲がり県道574号線に出て右に曲がります。


1300年以上も残り続ける水城


県道112号線を南下して、九州自動車道の高架をくぐってすぐの所に、「水城跡」があります。

da2 水城跡(奥に見える土手部分が水城/春・南側から)


da3 水城跡(秋・北側から)

水城は名前の通り「水の城」で、663年、白村江(はくそんこう)の戦いで新羅・唐軍に敗れた当時の大和王権が、同軍からの侵攻に防衛するために作ったものです。大和王権の外交・防衛拠点であった太宰府を、それまであった博多湾近くから現在地まで移し、入口の谷地を「水城」で完全にふさぐという、スケールの大きいものなんです。この時代の人たちの想像力はすごいですね。


da4 大宰府展示館(大宰府政庁跡横)にある水城復元図

す、すごい、これはそう簡単には攻め込まれそうにはないですね。
水城は、結局は新羅・唐軍が攻めてくることがなかったため活用されることはありませんでした。

しかし、ここ福岡が他の日本の都市と違って、外国に各段に近く、常に異国の侵攻の危機を感じさせる場所であったことを想像させるには十分な場所ですね。このことは元寇防塁も同じですね。また、一方では海外との交流も盛んになることを物語っているとも言えそうです。


da5 水城跡から少し走ると「筑前国分寺跡」があります。
国分寺は奈良時代の中ごろに日本あちこちに置かれた官寺(かんじ)で、天然痘や内乱などの社会不安を鎮めるために建てられました。

この写真は国分寺の中の一部の礎石で、「天平13年の詔」からするとこの上には七重ノ塔が建ってあったとのことです。


da6 七重ノ塔のミニチュア
国分寺跡の近くにある太宰府市文化ふれあい館の庭にあります。

三重ノ塔、五重ノ塔くらいまでだと思ってましたが、七重ノ塔というのもあるのですね。他に九重塔、十三重塔があるようですが、木造の七重塔、九重塔で現存するものはないそうです。

驚きは奈良・談山神社(たんざんじんじゃ)ですね
http://www.tanzan.or.jp/houmotsu/bunkazai.html
これはすごいですね。見てみたくなりました。


太宰府って何がすごいんだろう??


太宰府市文化ふれあい館から大宰府政庁跡に向かうと、気持ちのいいちょっとした山林の道があります。


da7 気持ちいい~


da8 そして来ました来ました!大宰府政庁跡(都府楼跡)


da9 礎石が並びます。一部はレプリカのようです。
散歩、ジョギング、ランチ・・・市民、観光客の憩いの場になっていました。

ところで大宰府ってつまり何だろう?

大宰府の大宰は和名で「おほ みこともち」で、重要な地方に置かれて数ヶ国の広い地域を統治する役職、いわば地方行政長官のことで、大宰府は地方行政機関ということになります。つまり中央政府の西海道(九州)版ですね。

大宝律令(701年)によって九州の大宰府は政府機関として確立しました。しかし他の大宰は廃止されたので、「大宰府」と言えばここのことを言うようになったようです。

主な任務は外交と防衛(軍事)で、ほかに筑前、筑後、豊前・・・日向、薩摩、大隅など西海道9国と三島(壱岐、対馬、多禰)の行政・司法を所管するなど権限の大きさから「遠の朝廷(とおのみかど)」とも呼ばれていました。

外交面では、北九州が古来中国の王朝や朝鮮半島などとの交流の玄関的機能を果たしていたという背景もあり、海外使節を接待するための迎賓館である鴻臚館(こうろかん)が那津(現在の博多湾)の沿岸に置かれています。(wikipediaより)


da10 大宰府展示館(大宰府政庁跡横)にある大宰府模型

奈良時代から平安時代にかけてはこんなに美しい様式だったのに、天慶3年(940)に藤原純友の乱で焼かれてしまったようです。平城京の朱雀門のように復元出来ないものでしょうか?一部だけでもいいんだけどなあ。


重要寺院である戒壇院と観世音寺


大宰府政庁跡と太宰府天満宮の間には、歴史的にとても重要な、太宰府が誇る有名寺院が2つあるのでしっかり見ておきましょう。戒壇院と観世音寺です。


da11 大宰府政庁跡(都府楼跡)のすぐ東にある戒壇院


da12 説明板から読めるように、戒壇院とは出家者が正式の僧尼となるための儀式と必要な戒律を授けるための場所のようです。天下の三戒壇の一つということで、中央戒壇(東大寺)と東戒壇(下野薬師寺・栃木県)に対して、西戒壇(さいかいだん)とも呼ばれたそうです。九州で僧になるには、必ずここで戒律を受けなければならなかったようですね。


da13 観世音寺
観世音寺は「続日本紀」によれば、天智天皇が亡き母・斉明天皇を弔うために発願した寺で、80年の歳月をかけて746年に建立しました。講堂を中心にして五重塔、金堂を東西に並列し、これを取り囲むように南大門、中門、鐘楼、敬蔵、僧房など七堂伽藍が配置され、戒壇院もあったことから、九州、西日本仏教界の重鎮、重要寺院であったようです。

ただ、今見られるのは江戸時代に黒田藩主によって再建された講堂(本堂)と金堂(阿弥陀堂)のみです。


da14 菅原道真も撞いた鐘
これは奈良時代に作られた国宝で、京都・妙心寺鐘、奈良・当麻寺鐘等とならぶ日本最古の梵鐘の一つと考えられていて、あの菅原道真も撞いたと言われています。
梵鐘(ぼんしょう)とは、東アジアの寺院などで使用される仏教法具としての釣鐘(つりがね)のことで、一般には除夜の鐘で知られています。
この日本で一番古い梵鐘、撞いてみたいし、鐘の音も聞いてみたいです。どんな音がするんだろうなあ。


da15 平安・鎌倉時代につくられた仏像群(重要文化財)をおさめる宝蔵
ここは入場料500円で、入るのを少しためらいましたが、入館して大正解。
質・量とも京都・奈良の寺院にも匹敵するほどの仏像群に圧巻です。
観世音寺が九州・西国一の大寺だったことがうかがえます。


太宰府天満宮と光明禅寺


観世音寺から五条、西鉄太宰府駅を経ると、学問の神様・菅原道真を祀る太宰府天満宮に通じる参道に出ます。とても賑やかな参道では太宰府名物「梅ヶ枝餅(うめがえもち)」を売る店が多く軒を連ねています。

よく間違われるのですが、梅ヶ枝餅には「梅」は入っていません。梅ヶ枝餅の由来は諸説ありますが、平安時代に大宰府へ左遷された菅原道真に、ある老婆がたびたび餅を差し入れしていましたが、道真公が亡くなられた際この餅を梅の枝にさしてお供えしたことからこの名が付いたと言われています。この梅ヶ枝餅を食すと病気にならない、とも言われています。


da16 太宰府天満宮への参道
この参道に2011年12月にオープンした、建築家・隈研吾さん設計によるスタバがあります。


da17 すごい事になっています


da18 店内はこんな感じ

隈研吾さんの理念「場所に根ざした建築」にあるとのことで、ここ太宰府スタバのコンセプトは「自然素材による伝統と現代の融合」だそうです。奥の庭には道真公が好きだった梅の樹が植えられていて、とても居心地のいいスタバです。

『スターバックス コーヒー 太宰府天満宮表参道店』プレスリリース
http://www.starbucks.co.jp/press_release/pr2011-754.php

参道の終わりで、太宰府天満宮に行く前に右に曲がり、是非、庭が美しい光明禅寺を訪れましょう。


da19 光明禅寺の手前には照の恵さんという茶屋があります。ここの梅ヶ枝餅は私のおすすめです。人出もそれほどなく静かなところで落ち着いたお店です。

光明禅寺は、1273年、聖一国師の弟子である鉄牛圓心によって建立された臨済宗のお寺で、別名「苔寺」。


da20 前庭は「仏光石庭」と呼ばれ、七、五、三の十五石で「光」の字に配置された石庭です。


da21

da22 裏庭は「一滴海の庭」という枯山水。青苔は大陸と島、白砂は大海を表しています。
新緑の春には苔むした庭からまぶしいくらいの緑の光が寺の中に舞い込んできます。秋の紅葉はそれは筆舌しがたい美しさです。

いよいよ太宰府天満宮に向かいます。


da23 この鳥居のちょうど手前側、表参道の突き当たりには「御神牛」があります。自分の身体と同じこの神牛の部分を、祈りを込めながら互いに撫でると身体が健康で病気は全快、頭を撫でれば頭がよくなると言われています。そのため神牛さんの身体はどこもぴかぴかです。

御神牛の後ろにある建物は、幕末維新の策源地と言われる「延寿王院」。三条実美など朝廷を追われた5公卿が滞在していました。滞在の間、なんと西郷隆盛、高杉晋作、坂本龍馬など有数の勤皇志士が訪れています。
現在は、菅原道真の子孫であり、太宰府天満宮の宮司さんである西高辻家の住居となっています。


da24 心字池
心字池は「心」という字の形に作られています。心字池には太鼓橋、平橋、太鼓橋の3つの橋がかかっていて、それぞれ過去、現在、未来を表しています。この橋を渡ることによって 三世の邪念を払い身が清められます。3つ目の橋、未来の橋ではどうぞ転ばないように・・・


da25
朱色がまぶしい楼門


da26 たくさんの参拝者でごった返しています。受験シーズン、初詣はそれは身動きできなくなるほどです。最近はアジアなどからの外国人観光客の姿もとても多いですね。


da27 菅原道真は903年2月25日にお亡くなりになりました。遺言に「遺骸を牛車にのせて牛の赴くところにとどめよ」とされ、牛が動かなくなった所を御墓所ときめました。太宰府天満宮の御本殿はまさに道真公の霊廟でもあるんですね。

その後、京の都では疫病や異常気象など不吉な事が相次ぐ。「道真の祟り」と恐れてその御霊を鎮めるため、919年、御墓所の上に社殿を造営しました。これが今の太宰府天満宮となっています。今の御本殿は数度焼失した後、1591年、筑前国主小早川隆景が5年かけて建てたものです。


ここまで来たら九州国立博物館にも足を伸ばそう


東京、京都、奈良に次ぐ日本で4番目の国立博物館です。アジアの文化との交流に重きを置いてアジア史的観点から日本文化の形成を見るスタンスです。個人的にはCGを使った「博多湾はかつて陸で狩猟が行われていた」や「阿蘇火砕流」が大好きです。


da28 クジラ?の形をした博物館の設計は福岡・久留米出身の菊竹清訓さん。歴史ある太宰府にこの独特な建物はきっと賛否両論あったことでしょう。ただ、木々に囲まれているためか、周囲からは見えたことがないですね。

太宰府天満宮からは歩くエスカレーターで行けますが、自転車だと駐輪が気になるので、一度参道まで戻り、県道76号線に出て博物館第一駐車場入口から坂道を上って博物館まで行きましょう。

九州国立博物館ホームページ
博物館までのアクセス
http://www.kyuhaku.jp/visit/visit_top.html

アクセスマップPDF
http://www.kyuhaku.jp/visit/images/9haku_map02.pdf




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